夏ともなると、日本のみならず、世界のあちらこちらで、ジャズフェスが開催される。
多くのジャズフェスへ行ったが、やはり、映画「真夏の夜のジャズ」で観たモンタレイ・ジャズフェスティバル以上のものは無い。

日本のジャズフェスの走りは、「軽井沢モダンジャズ・ミーティング」と銘打ったジャズフェスあたりが最初と思う。
私が最初に観たのは、1963年、16歳のときに、軽井沢で開催されたジャズフェスであった。
南軽井沢の人口湖のほとりで野外であった。
西条孝之助カルテットや白木秀雄クインテット、デキシーも出てきたし、マーサ三宅さんやテリー水島さんなども登場した。稲垣次郎、三保敬太郎、宮沢昭・・・日野テルマサはまだここでは出てこない。
渡辺貞夫はボストンにいた。
最後が、原信夫とシャープアンドフラッツで、それに出演者全員が加わって「マンティカ」のジャムセッションになったのを覚えている。
白木、猪俣、白木、・・・ドラム合戦も盛んであった。
ジミー竹内がシャープのドラムでド派手な叩き方をしていた。

軽井沢は夕方になると高原独特の天気でよく夕立がくる。
雲が出てきて、もう来るなと思ったらもう遅い、凄い集中豪雨が雷と共にやってくる。
雷は大きな立ち木にバリバリと落ちる。
そんな、夕立がジミー竹内のドラムソロの最中にやってきた。
彼は、ソニー・ペインばりのロングソロをとっていた、遠くでカミナリがなった、ゴロゴロゴロ・・・、
彼はそれに応えるように、バスタムをドドドドド・・・、カミナリがバリバリバリ・・・、スネアをザザザザザ・・・、カミナリがドカーンと落ちた、シンバルをドシャーン・・・・!!!
カミナリとの共演となった。
原信夫がもっとやれとけしかけた。
会場は露天で土砂降り、私は一人傘をもっていた・・多分そうなると思っていたのだ。
午後3時過ぎに軽井沢の街の上の見晴し台の山に雲がかかったら、夕方から夕立雷雨になる確率が高い。
その日は夕方4時の開演だったがボロ別荘を自転車で出る3時には街の上の方に雲が出ていた。
周囲の満員の観客は皆、後ろや脇の小さな屋根の下に避難している。
一人、スチールパイプの椅子に腰掛て、傘をさして観ていたのは私一人だった。
そんな私を見て、原さんが手を振った、僕は傘を振った・・・。
シャープは毎年、町外れの前田郷というところで、合宿をやっていた。
或るとき、友人の父親の伝で、見学させてもらう機会があった。
そこで、色々なメンバーと知り合い、夜のジャムセッションパーティーに出させてもらったのは良い思いでである。そこで、あの時、傘をさして一人観ていたのは僕です、手を振ってくれたので、僕は傘をふりましたと言ったら、原さんが「あれは違うよ、カミナリが危ないから、屋根の下へ行くように手で指図をしたんだよ」と言った。
今年も、日本中でジャズフェズが盛んである・・・がみな同じような企画ばかり、何か新鮮な企画が欲しいものだ。
また、「真夏の夜のジャズ」を観るとするか!
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