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August 22, 2007

団塊のJAZZエッセイ「KIND OF BLUE」その136回「エグベルト・ジスモンチを聴く」の巻ー

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8月20日 第一生命ホールでエグベルト・ジスモンチを聴いた。16年ぶりの再来日で、この再来日に尽力されたのが、私の小学校の同級生の御嬢さん。お母さんは、ジャズピアニスト故本田竹広氏を同じ国立音大卒という縁で支援してきた方。(ジャズの世界に限らず世界は狭い)
手配を頂き、正面の5列目という絶好の席で聴くことができた。

1947年生まれというから同い年である。
レバノン人とイタリア人の子でブラジルで生まれた。
5歳から音楽教育をうけ、成人になってオーストリーへ留学、音楽教育をうける。
音楽家の道を平穏裡に辿るかと思われたが、ブラジル人としてのアイデンティティが薄いことに気がつき、アマゾンの密林でインディオと共に生活、ブラジルの土着音楽を研究し、独自の音楽性を創造した。

以前、偶然にもドイツで聴いたことがあった、それが始めてジスモンチを聴いた経験である。
フルートを吹き、ギターを弾き、ピアノを弾く。
ジャズでありクラシックであり、民族音楽でもあり、全ての融合体である。
私が聴いたのは、アイアート・モレイラと一緒にいた頃で、かなりジャズを意識していた頃であった。

昨夜は前半一時間がギターで後半一時間がピアノだった。
ジスモンチの演奏はジャンルを超越した音楽である、彼の「音」を聴き、「フレーズの語り」を聴き、音楽空間を感じる。
前半のギターによるインプロビゼーションは、「語り」であった。彼の10弦ギターは饒舌に語った。
目で見るとそのテクニックに圧倒されるが、目を閉じると、音の綺羅星が降ってきて、宇宙を感じる音になった。
根底にあるリズムの上でその語りは奏じられた、リズムは浮ついたものではなく、地に根ざしたリズムだ。
そのリズムに絡まる、コードもシングルトーンも透明で澄んだサウンドとなって語りかけてきた。
語りかけてくるのは、ジスモンチではなく、大地の生命と感じられた。
ブラジル音楽は深い、なんと哲学的なのだろうか・・。

休憩を挟んで、後半はピアノで表現した。
繰り返されるリズム、その中に置かれる粒ぞろいの音色・・。
ピアノは「語り」より癒しであった。
聴く者に沁みこんでくる音は、心を浮遊させ、余分な力を抜けさせる音だ。
やはりピアノでも、彼の音は宇宙のヴァイブレーションをもって包み込んできた。

丁度、ピアノの手が見える位置で聴いていたので、ペダルワークも運指も、指に掛かる力具合も見てとれたが、音の柔らかさに反し、タッチの強さは尋常ではないことは見ても聴いても分かった。
しかし、彼のギターやピアノの技術論をここで言っても始まらない、要は彼の音だ。
今般、この音を生で聴くことができたのは、貴重な経験であり無常の喜びであった。

しかし、同じ年であのエネルギッシュな演奏と集中力は凄い。

余談であるが、偶々、前の席がピアノの青木弘武夫妻であった、彼が大阪音大を出てジャズピアニストとして東京に来て依頼の25年以上の付き合いである。いまでは日本を代表するジャズピアニストに成長した。
彼とジスモンチを聴いて同じことを言った、「目を閉じると、聴こえる音の数が100倍になるね」と。

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August 16, 2007

団塊のJAZZエッセイ「KIND OF BLUE」その135ーー「閑話休題・ラジオ関東・チコ・ハミルトン」

ラジオ関東 夜10時半のモンティ本多のジャズ番組を覚えていますか?
なんと言う番組だったのでしょうか、覚えているかたいますか?
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私が高校生のころ、昭和38年頃、ジャズ番組は少なかった。TVは勿論、ラジオでもである。
唯一毎晩定期的な放送が、ラジオ関東から流れるジャズ番組で15分だった。
司会がモンティ本多さん。
オープニングのテーマがチコ・ハミルトン5の「ブルーサウンズ」だった。
チコ・ハミルトンのマレットの独特のリズムにのって、バディ・コレットのフルートが流れてくる。
そのナンバーが入っているのがこのCD(LP)だ。
パーソネルは、バディ・コレット(Fl,As,Ts,Cl)フレディ・カッツ(チェロ)、ジム・ホール(G)、カールソン・スミス(B)、チコ・ハミルトン(Ds)
1955年半ばの録音だ。
そう「真夏の夜のジャズ」で控え室で練習するシーンにこのメンバーが出てくる。

聴きなおして驚いた。
なんと新しいサウンドなのか、出だし「The Nice Day」はまるでクラシックの室内楽である。
そして、「MY FUNNY VALLENTINE」となり、「BLUE SOUNDS」と続く。
チェロはジャンルを越えて好きな楽器だ。
ジャズでは珍しいが、完全に溶け込んで、このグループの中核サウンドになっている。
A面はスタジオでB面はライブでの録音だ。
全てが挑戦的で斬新で、ワクワクする音に出来上がっている。
特に「Blue Sounds」は圧巻である。
チコのマレットが三度にチューニングされたタムタムでメロディックなリズムをたたき出す、それに乗って、フルートがテーマを吹き、チェロがソロをとる、そして、ジムのギターが徐々にフラメンコ風になりそのリズムに絡めてゆきピークをつくる、鳥肌がたつ瞬間だ。

この音楽的コンセプトを創造し、纏め上げ、サウンドをつくりだしたこのチコ・ハミルトンというドラマーは只者ではなかった。
しかし、何故か過小評価されてきたアーティストだ。
バンドのメンバーにはエリック・ドロフィーが参加した時代もあった。
ドロフィーにとってこのコンセプトは大いなる刺激になったにちがいない。
こんど、別のチコ・ハミルトンを棚から引き出して聴いてみよう。

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August 10, 2007

団塊のJAZZエッセイ「KIND OF BLUE」その134回ーー「馬さんが・・・フト立ち寄って」の巻ー

<前回より続く>

幻想と空想のジャズクラブ「KIND OF BLUE」は今夜も満員だ。カウンターにはいつものご常連が陣取って屁理屈をこねている。テーブル席も満員だ。お盆休みの直前とあって、仕事なんてやってられるか・・という御仁が開放感をジャズに求めてやってきている。
この暑い日になんで此処に来るのだろうか・・・涼しい所へ行っても良いようなものを・・とゼンさんは内心思っていた。

ゼンさんは気がつかなかったが、一人の外人客がカウンターで常連に挟まれて一人飲んでいる。
ハウストリオの河田吾郎トリオは今最後の曲をやっている。
暑い日に洒落た訳ではないが「SUMMERTIME」である。最初はスローで始まったが途中からバイテン(テンポを倍にすること)にして、ミディアムアップのテンポになっている。
河田のピアのがネバリに粘って、ゴスペル調の「SUMMERTIME」になっている。
フレーズがコール・アンド・レスポンスのになってくると、会場から「イャー」とか「イェー」とレスポンスが返る。
ドラムの大野は三連にして益々粘る、店全体がネバリスイングになる瞬間だ。
「ジャズはこうじゃなきゃ」・・DUKEさんがつぶやいた。KAMIさんが「いいねえ、このネバリ!」という。
やがて、三連がルバートして、テンポがオフになり、エンディングに入って、最終音でダダダダダーンと終わった。
拍手が高まって、そして休憩に入った・・・・・・その時、静かに聴いていた、一人の外人がカウンター席から立ち上がり、ピアノに近づいて行った。
普通なら、「お客さん、ダメです」と酔ってピアノに近づく人を制するのだが、誰も止めようと言う空気がなかった。
ピアノの河田や大野も何が起きるのか、見つめてしまった。

彼はピアノに座ると、やおら大野と山田を見た、彼らは何かに取り憑かれたように楽器についた。
踵でテンポを出した、かなりのアップテンポだ。
頭からテーマに入った、「I GAT RITHUM」だ。
軽快なノリで進んでゆく、音の構成が厚く、コードワークが巧みだし、ソロのフレーズが途切れない、加えてありきたりの展開をしない。
「いったい誰なのだ・・・そういえば・・・どこかで見たことがある顔だ・・・」ゼンさんは自分の頭の中で一生懸命確認をした。
「本当だろうか・・・そんな事があるのだろうか・・」、ゼンさんは目と耳を疑った。
ソロは一層軽快に快適にスイングし、止まるところを知らない、お客は皆、ピーターソンを意識したのではないだろうか。
ソロのアイデイアがたまらない、面白いし、スイングの弧が大きいし・・・。
そして、最後のテーマに入った、最終小節で繰り返し、盛り上げて終わった。
一斉にお客から歓声が上がった。でもお客は彼が誰だか知らない・・・。
ゼンさんがマイクを取って・・・「みなさん、今日の飛び入りゲスト! ハンプトン・ホーズ!」
「アンコール!」場内から一層の歓声が・・ベースの山田君はホーズと知って、目を白黒させている。

「馬さん」こと、ハンプトン・ホーズは終戦直後、横浜の基地に進駐軍として来ていた。
よくライブハウスや「ちぐさ」に現れては日本のミュージシャン達に多大な影響を与えた。

場内が静まったのをみて、馬さんが弾き始めた「GREEN LEAVES OF SUMMER」だ。
レッド・ミッチェルとの名コンビでの名演奏は数多く残されて、今も我々はそれを楽しむことができる。
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<次回に続く、次回は誰が霊界からゲストで来るのだろうか・・・。>

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August 03, 2007

団塊のJAZZエッセイ「KIND OF BLUE」その133回ーー「エリック・ドルフィーという名の男」の巻ー

<前回より続く>

久々の休日、ゼンさんは一人で妄想と幻想のジャズクラブ「KIND OF BLUE」にいた。
人気の無い、クラブでピアノを前にして、壁のジャケットを見やっていた。
もう外は夕方6時を過ぎ、暗くなりかけていた、階段を下りてくる足音がする、誰だろうか?
一人の黒人が大きな楽器ケースを抱えて姿をあらわした。
どこかで見たような・・・?
「ハイ」と声をかけた、男は静かにうなづき、楽器を出し始めた。
見慣れぬ楽器だ、長い管楽器でマウスピースに至る部分はテナーの様だが異様に長い。
マウスピースを取り付けると、やおら吹きだした・・・オレオだ。

短い独特のテーマを吹く、センさんはピアノのふたを開けて、キーを確かめるようにコードをおいた。
キーはDフラットだ。
かなり早いテンポで進んでゆく、ゼンさんはむしろテンポより間を考えて音を置いた。
そう、低めの音よりピアノは高めの硬質な和音の方がよさそうだ。
楽器はバスクラリネットだ。
ソロに入った、重い音を出す楽器にしては流麗だ。
ゼンさんはコード進行を考えることを止めた、むしろ音を聴いて反応をした方が良いと思ったのだ。
その男はソロを延々と続けた、溢れるようなフレーズは留めを知らず、一体どれほどのアイデアを持っているのだろうかと・・決してマンネリな繰り返しフレーズが出てこない。
20分ほどソロをとった男はゼンさんの方を見て頷いた。
ゼンさんがソロをとった、かなりフリーな演奏だ、ブロックコードでパーカッシブなフレーズを続けた。
陰陽、序破急を明白に決める表現で弾き続けた、15分ほど弾いただろうか、男は急に超低音から一気に高音に駆け上がっり、再びソロに入り、テーマに戻った、エンディングをカデンツァ風につくりあげ、最高音で音が徐々に消えていった・・・らその音と共にその男の姿も消えていた。

ゼンさんは不思議な満ち足りた気持ちになった。
その男の名はエリック・ドルフィー・・・・。51eguqujc5l_ss500_
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<今、ドルフィーの本を読んでいました・・・転寝の中で見た夢かもしれません>

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